数学から見る将棋教育

 私が学校から発行している文集みたいなもの(たまに配られるけど誰も読まないアレ、学校にありませんでした?)に寄稿した文章です。読者は一般的な中高生を意識していましたが、ブログ記事にするにあたっては将棋のルールを知っている前提で、将棋に関しての詳しい部分を書き足しました。それではご覧ください。

 将棋界に突如現れた新星藤井聡太四段がデビュー後凄まじい連勝記録を打ち立て、テレビなどでも話題となった。また彼が聡明であることや、礼儀を身につけるという観点からも、将棋が子供の習い事の一つとして注目されているようだ。これは個人的に大変素晴らしいことだと思っている。そこで本記事では、将棋の教育的な性格を皆の慣れ親しむ数学と比較する形で見ていきたい。なおここでいう数学は、大学以降のものは含まないと始めに断っておく。

 まずは上達プロセスから見ていきたい。教育の大切な意義として「上達や成功へのプロセスを一般的な形で獲得する」というものがあるが、数学と将棋の上達プロセスはよく似ている。それは、存在する知識を覚えるだけでなく、知識から、なぜその知識が成立しているのか、さらにどのような考え方が根幹にあってその知識が確立されるに至ったのかを理解し、応用が利く力に結び付けるということである。

 これを例えば数学でいうなら、具体的な解法から、なぜその解法で解けているのか、さらにどのような考え方が根幹にあってその解法が良いという結論に至るのかを理解し、応用が利く力に結び付けるということがあてはまるだろう。

 将棋についても同じで、一部の覚えなければいけない乱戦定跡などを除いて一般的な定跡は、手順を覚えるだけでは力にならない。なぜその手がいいのか、なぜその指針がよいとされるのか、あるいは踏み込んで、その戦法の根底にある考え方を理解するのも良いだろう。

 この理解、習得するという考え方は学校の強化に限らずあらゆる学習において重要であり、数学の義務教育を受ける大きな意義といえる。そしてこのことは、将棋を学ぶことによっても知ることができるのだ。

 次に、思考プロセスについて。数学で解を求めるプロセスと将棋で指し手を決定するプロセスは、似て非なるものである。

 数学の問題を解くとき私たちは、与えられた問題から条件を読み取り、その条件に合うような公式などを思い出す。つまり、条件を活かすような解き方を考える。これは、数学の問題には必ず解、さらに言えば出題者の意図というものが存在し、条件が過不足なく与えられていることが明確にわかっているからである。「結論から逆算」という言葉の存在が最たる例だろう。

 しかしながら将棋は違う。実戦では、刻々と変化し、自分と相手の思考が複雑に絡み合う解があるとも限らない状況を、自分の手で切り拓いていくことになる。「どう解くか」以前に、広い意味で「なにが解決すべき問題か」を自分で考えて抽出する作業が必要になる。

 実はこの作業は、高校までの数学教育、いや高校教育全般でいってもなかなか体験することのできないものだ。大学に入りそこで研究する、ということになれば、問題を発見し、分解、分析し、そして解決する力が求められる。しかし、大学受験に求められている力は、解けるとわかっている与えられた問題を解決する力ただこれだけなのである。

 当然この問題を抽出する能力はあらゆる問題に直面した状況で必要な能力であり、それを自然に身につけられるのは、将棋の特筆すべき点だろう。

 このように、将棋を学ぶことは様々な恩恵をもたらしてくれる。今後、将棋が素晴らしい競技として認識され、これまで以上に普及することを願ってやまない。

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